母の死の少し前、入所していた認知症の施設から「話し合いたいことがあります」と連絡があった。顧問の医師にも立ち会っていただいた。急激な食欲の落ち込みが続いているとの説明に、最期の日がもうそれほど遠くないと理解できた。母が延命措置を希望していたか、子どもは希望しているか。確認が行われた。
その後、母は穏やかな表情のまま、静かに亡くなった。死因は老衰だった。
一人暮らしをしていた母が最後に背負った病気は認知症だった。新聞を取りに出た玄関で転んで骨折。救急車で搬送された。80歳代の後半、孫や知人の名を思い出せないのがつらそうで「情けない」とため息をつくことが多くなった。それでも笑って励まし続けると笑顔が戻り始め、息子の名前は、優しくて大好きな実の弟の名前に入れ変わっていた。年明けの新聞にうれしいニュースがあった。
日米で共同開発したアルツハイマー病の治療薬が米食品医薬品局の迅速承認を受け、年内にも正式承認の結論が出る見通しになったそうだ。報道によれば認知症の患者は世界に5500万人。2050年には1億3900万人に増える見通しだという。薬は認知機能の低下を長期間抑制することを目指している。苦しむ人たちのために早く。一日も早く。(水)