筆圧を掛けずに書くことができる万年筆。最近はインクの色の種類が絵の具並み、いやそれ以上に増えた。青一つ取っても複数あり、「波止場ブルー」「忘れな草ブルー」「深海」とすてきな名前まで付いている。
文字でも絵でも、かけば自然に濃淡が出来、使う紙の種類を変えれば色味やにじみが変化する。かくものを思う以上に仕上げてくれる魅力から、好みの色を集めるインクブームが起きている。
インクをテーマにした吉田篤弘さんの小説「それでも世界は回っている」も好評だ。幻のインクを求めて旅をする14歳の少年の物語で、月刊文芸誌「読楽」に連載中。「人と人は、考えや思いが違うから争うんじゃないんだよ。同じことを考えて、同じものを求めるから、争いになる」など、心に響く文が奥深いインクの世界と重なり合うようにちりばめられている。
パソコンを使えば早いのに、扱いに時間も手間もかかるインクでかく文化は消えそうにない。考える空間を頭の中に生む”余白”と向き合い、インクの魅力を味わいながら筆記具を動かす時間を大切にする人が、一定数いるということだろう。何も語らず、人間が冷静になる時をつくってくれる存在に脱帽する。(林)