時空を超えて とまこまいの文化財(7) 【市指定民俗文化財】勇払恵比須神社奉納品21点 民衆の信仰伝える品々

勇払恵比須神社境内にある手水鉢。方位を表す文字が彫られている

 江戸時代後期、勇払地区は勇払会所を中心に幕府役人や商人、漁場労働者が集い栄えていた。社堂(やしろどう)と呼ばれる、神と仏を一緒にまつる建物が複数あった。勇払で最も古いとされる社堂は弁天社と考えられる。18世紀半ばに設立され、本州と蝦夷地を往来する商人が海上の安全や大漁、商売繁盛を祈願し、守護神として弁財天をまつったと推察される。

   明治政府は神道と仏教の区別を明確にするため、神仏分離令を布告。会所付近にあった弁天社をはじめ、いくつかの社堂が統合や廃止され、新たに神社が創設された。勇払恵比須神社の前身となるのは、弁天社、竜神社、稲荷社などが統合された事代主社(ことしろのししゃ)という社堂だった。

   海上の安全や大漁祈願に奉納

   先人が祈願のために納めた奉納品をみると、当時の生活の様子が垣間見られる。現在、恵比須神社の奉納品として事業の成功などを祈願し門戸や室内に飾る扁額(へんがく)や灯篭(とうろう)、絵馬など21点が市の民俗文化財として指定されている。

   交易を取り仕切った、場所請負人の山田文右衛門の名が記された手水鉢(ちょうずばち)は、上面に東西南北など方位が刻まれた珍しい品だ。「樽前大権現」と刻印がある扁額は、高くそびえる山は道しるべとなり、航海の安全を祈願する山岳信仰を示している。これらの品から、民衆の信仰の様子をうかがうことができる。

   勇武津資料館学芸員の武田正哉さんは「勇払地区の歴史と文化を後世に伝える、重要な文化財です」と話す。扁額や絵馬は長い間風雨にさらされ、文字や絵がほとんど消えていたが、現在は複製品が昔の姿を伝えている。

  (通信員 山田みえこ)

  【メモ】

   1961年10月4日指定

   所有地…苫小牧市勇払138の1

   管理者…勇払恵比須神社、苫小牧市教育委員会

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