勇退校長 (4) 苫小牧ウトナイ中学校 自ら判断し行動できるように 中川恵介校長
- 2022年3月30日
2019年4月に開校した苫小牧ウトナイ中学校の初代校長として、学校づくりに尽力。生徒が自ら判断し、行動することを前提とした教育に、あらゆる場面で取り組んできた。「信じてあげることで、子どもは成長し、教師の予想をはるかに超えて成長することを改めて学んだ」と振り返る。 苫小牧市出身で、仙台大学
2019年4月に開校した苫小牧ウトナイ中学校の初代校長として、学校づくりに尽力。生徒が自ら判断し、行動することを前提とした教育に、あらゆる場面で取り組んできた。「信じてあげることで、子どもは成長し、教師の予想をはるかに超えて成長することを改めて学んだ」と振り返る。 苫小牧市出身で、仙台大学
苫小牧沼ノ端小学校には地域住民から送られた遊具がグラウンドにあり、休み時間に児童と遊んで過ごす先生たちが多い。一般教諭だった頃の自身の姿を重ね、「共に遊ぶことで、いろいろなことが見えてくる。すごく良いことだ」と語る。 苫小牧市出身。北海道教育大学岩見沢校卒。苫小牧豊川小学校を振り出しに、大
母が勤めている苫小牧市豊川コミュニティセンターで、昨年の5月からアルバイトをしています。担当は事務ですが、施設の催しを手伝うこともあります。紙吹雪やしゃぼん玉で遊ぶ子ども向けのイベントを手伝った時は、しゃぼん玉の作り方を手ほどきしたりし、子どもたちの笑顔を見て楽しい気持ちになりました。高校を卒業す
第5回は、むかわ町汐見の牧場で大切に育てられた牛の生乳を使い、ナチュラルチーズを造られている「ASUKAのチーズ工房」の北川飛鳥さんをご紹介したいと思います。この日は厚真町でハスカップを栽培する山口善紀さんにアテンドしていただきました。 北川さんのチーズ、むかわに対する愛は強く、町産の食材
「先生が満足し、幸せを感じるのではなく、まずは子どもたちの思いが先にそうなければならない」と、児童が喜ぶ姿を見て、教師が会心するような学校にしたいと考えてきた。 室蘭市出身で、北海道教育大学函館校卒。初任地は、長万部中学校。外から見える日本を知りたい―と、コスタリカ大使館付属サンホセ日本人
2011年度に校長の任に就いて以降、卒業式では毎年、学びやを巣立つ児童たちに語り掛けてきた。「人に感謝されることは、生きている中で最もうれしいこと。あなたがいて良かったと思われる人になってもらいたい」。思いやりを持つ人になってほしいという思いからだ。 様似町出身。北海道教育大学函館校卒。伊
この私、セブ島で奨学金事業を手がけているのだが、日本では想像しにくい珍騒動が持ち上がっている。事業でお世話になっている現地代理人の女性が、村長選挙に打って出た。前の村長が親族ぐるみで汚職や違法ビジネスに手を染め、何かと批判を浴びていたのだ。 世論調査によると、我(わ)が代理人の彼女が75%
Q…林や野原の野鳥はきれいな声でさえずりますが、スズメは一年中同じ声で鳴いているように思えます。スズメも春になるとさえずりますか? A…スズメの繁殖期は2月ごろから始まり、3月から4月につがいができます。スズメの雄が行うディスプレイ(求愛)は、1羽の雌に対して複
新型コロナウイルスの感染拡大によって、苫小牧市に来るのが2021年9月上旬から同年11月にずれ込んだ。「本当に入国できるのか、子どもらに教えられるのかなど不安は大きかった」と当時の心境を話す。 「自然が多く、故郷のコロラドを思い出す」と苫小牧の印象を話し、樽前山で登山、ウトナイ湖でハイキン
住宅街をエリアに1700戸以上が加入する日の出三光町内会。拠点を置く新生台総合センターはサークル活動も盛んで、茶道や卓球など9サークルに無料で貸し出している。 ビッグイベントは、老若男女500人ほどが集い、それぞれの年代に合わせた競技で爽やかな汗を流す大運動会。景品として菓子や家庭用品を配
12日、野口観光ホテルプロフェッショナル学院で卒業式の取材をした。2年間の訓練課程を終えた40人が無事卒業する中、卒業生代表の女性が出席者の前で述べた答辞が印象に残った。 女性は、2年前の入校式で新入生代表としてあいさつをする予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大により式は中止となった
2021年5月に日本語を専攻していた米国の大学を卒業し、同年9月に来苫。現在、苫小牧市で働く外国語指導助手(ALT)の中で最も若い。 苫小牧の印象を「バス路線が充実していて便利。新ときわスケートセンターがお気に入り」と話し、意欲的に北国の文化に親しんでいる。 理想とする授業は、英語
ー(1)野球部が氷上で強化合宿=1978年1月、苫小牧工業高 冬休み返上で行われたアイスホッケートレーニング。足腰の筋力を鍛えるのはもちろん、パスやシュートで手首の強化や目のスピード感覚を養うのが狙いとある。氷上合宿は2月末まで続いた。 ―(2)待ちに待った学校リンクで滑走=1994年12
「必ず、今回は選挙戦になる」―。苫小牧市長選に出馬表明した現職の岩倉博文氏(72)は19日、市内で開かれた自身の後援会の集いで、こう言い切った。2018年の前回市長選で自民党や公明党などの推薦を受け、初めて無投票で4選を果たした。「苫小牧の政治風土で、保守系候補が2回続けて無投票はあり得ない」と力
2020年秋に苫小牧市に来る予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大による入国制限などで21年10月末になった。 目指しているのは、日本と米国の文化をミックスさせた授業。人気アニメのキャラクターの名前が日本語と英語で異なる点を紹介すると、子どもたちは目を輝かせていたという。「少しでも英語に
「次なる市長選にチャレンジします」―。苫小牧市長選(6月12日告示、同19日投開票)をめぐり、現職の岩倉博文氏(72)は19日、市内のホテルで開かれた連合後援会主催の集いで5選に向け出馬を表明した。衆院議員時代を含む22年間の政治生活の「集大成」に位置付けて、新型コロナウイルス対策、脱炭素社会の構
―(1)学校リンクで練習試合 =1978年1月、北光小 冬休みを利用して北光小と糸井小が対戦。他の学校リンクでも連日、練習試合が盛んに行われているとある。「冬休みもあと1週間。最後の余興を楽しむかのようにリンクの上を滑りまくっている」 ―(2)アイスホッケー部父母の努力が実る =1996年1
子どもの頃から本が好きで、2017年に苫小牧市立中央図書館の図書館ボランティアに登録し、活動を続けています。 利用者から返却された本を書架に戻したり、新着図書にカバーを掛けたり、あらゆる館内業務を手伝います。 たくさんの本を扱うため、自分が知らなかったタイトルに出合えるのがうれしい
―(1)市内初の中庭スケートリンク=1977年1月、苫西小開校100周年記念事業の一環で整備。中庭でのリンク造成は同校が初めてとある。大きさは30メートル四方。グラウンドにあるアイスホッケーリンクと併用して授業や競技活動が行われた他、休み時間や放課後に児童が自由に滑走しにぎわった。 ―(2)
「努力に勝る天才無し」―。中学時代の恩師がくれた言葉を胸に、苫小牧市日吉町の板野勝さん(79)は激動の時代を駆け抜けてきた。よく遊び、よく学んだ半生を「出会った人への感謝でいっぱい」と振り返る。 戦時中の1942年、穂別町(現むかわ町)で4男3女の3男として産声を上げた。実家は農家だったこ
4年に1度のむかわ町長選、町議選だったが、ともに投票には至らず、前回2018年に続いて15日の告示締め切りと同時に無投票での当選が決まった。町民は審判を下す機会を失い、まちづくりの議論は盛り上がりに欠けた感は否めない。 むかわ町議の定数は06年の合併で20に定められ、その後、10年に16、
苫小牧市について「これまで住んだ中で一番大きい都市。私の地元では雪が降らないので、寒さになかなか慣れずにいます」と印象を語る。 生徒たちがためらわず、楽しく英語を話す環境を理想としており、「間違えてもいいと思って、どんどん英語で話してほしい」と呼び掛ける。 子どもたちに最も伝えたい
時がたつのは早いもので、3月も下旬に差し掛かろうとしています。ウトナイ湖野生鳥獣保護センターの周辺の木々では、これから繁殖期を迎える小鳥たちのさえずりがよく聞こえるようになりました。そんな春の訪れを感じながら、当センターの事務室で年度を締めくくる作業の一つ、傷病鳥獣のカルテの集計を行っていたところ
【啓北中】―(1)啓北中 100万円のリンク=1968年11月16日 全生徒を動員した廃品回収、友愛セールなど資金集めに奔走し、悲願の学校リンク造成がかなった。PTAが積み立てた36万円を含む総額100万円ほどの資金を投入。写真は、教員と生徒がリンク外柵用の高さ2メートルの支柱を立て
2018年9月に発生した胆振東部地震から3年6カ月が経過し、見える景色は徐々に変わりつつあるが、むかわ町の復旧復興はまだ道半ばだ。鵡川、穂別両地区の市街地は依然として空洞化した状態で、再生に向けた取り組みが急務。さらに新型コロナウイルス感染拡大の長期化による影響を例外なく受け、昨年は穂別地区の高齢
母国米国との文化の違いで驚いたのはあいさつで、「お邪魔します、お先に失礼しますなどはアメリカでは言わない」と言う。納豆やすしなどの日本食には「ヘルシーですごく好き」と親しみを持っているよう。 苫小牧市の印象は「ゆったりとリラックスしている街」。子どもたちには、言語が違っても心は通じ合えるこ
任期満了に伴い、15日に告示されたむかわ町長選。無事に無投票で3選を果たした竹中喜之氏(68)=無所属=は、ほっとする間もなく、「非常に責任が重たいし、身が引き締まる思い」とすぐにかぶとの緒を締めた。これからの険しい道のりを乗り越え、その先の未来へ、まちの力をつなげていくリーダーとしての思いだ。
苫小牧市内の学校にスケートリンクが当たり前にあった時代。児童、生徒、教員、保護者が一致団結し、造り上げた銀盤は連日、スケート授業やアイスホッケーを楽しむ苫小牧っ子であふれていた。在りし日の学校リンクの活気ある昭和、平成の光景を本紙の写真資料や記事を参考に紹介する。 (北畠授、石川優介が担当します
「(着任が)1年以上遅れてしまったが、苫小牧に来ることができてうれしい」と笑みを浮かべた。来苫が当初の2020年9月から、21年10月に延びたからだ。 母国と日本の違いは「天候」と言い、「フィリピンは乾期と雨期しかないので、冬は初めて。雪の美しさには驚いた。日本の四季を体験できるのが、とて
若草中央公園で市販の花火を打ち上げたり、配ったりする8月の花火大会、参加者に景品が手渡されるラジオ体操など、会員・非会員を問わず参加しやすい行事を企画している。新型コロナウイルス禍の昨年は、町総合福祉会館の玄関先でプレゼントを手渡すクリスマス会を実施した。会員の交流の場として、月に1度の生け花教室