「三月一一日のシューベルト」/舩木篤也著/音楽と時代の掛け合わせ
- 2025年3月4日
副題に「音楽批評の試み」とある。すこぶる面白い。そして強く胸に響いた。批評でそこまでの感動を覚えたことがあるだろうか。 本書は「レコード芸術」誌に2020年1月号から23年7月号まで連載された22編を加筆・改題したもので、音楽を「別の視点と交差」させたことに特色がある。著者は複数の旋律が同時に響
副題に「音楽批評の試み」とある。すこぶる面白い。そして強く胸に響いた。批評でそこまでの感動を覚えたことがあるだろうか。 本書は「レコード芸術」誌に2020年1月号から23年7月号まで連載された22編を加筆・改題したもので、音楽を「別の視点と交差」させたことに特色がある。著者は複数の旋律が同時に響
中原中也の「汚れつちまつた悲しみに」から、茨木のり子の「自分の感受性くらい」まで、どこかで耳にした覚えのある名詩55編を収めたアンソロジー。詩人の選者が各作品にユーモアに富んだ解説を添えており、作者や作品世界の理解を助ける。「時移り人は去っても、名詩だけは生き残る」との選者の言葉を実感する。(ハ
食べる卵をテーマに、近年の作家や料理研究家らの随筆36編を集めたアンソロジー。高山なおみら人気の料理家が提案する調理法、角田光代が推す京都の老舗の厚焼き卵サンド、エジプトで幼少期を過ごした西加奈子の最高のごちそうだった卵かけご飯など、改めて「身近だけど替えが利かない」食材の奥深さを味わえる。(中
春の霜天使の降るるごとに降る大坂 清子春霜の野や旋回の鳶の影名取 光恵生半可に生くる卒寿や春半ば櫻井 伸良縁側に思ひ出ならべ日向ぼこ山田 凡冬深し鴉の知恵は見事なり小松冨佐子やはらかき和菓子の色や春まぢか坂口 悦子唇に無香クリーム春浅し山角 瑞希つくづくと品良き朱唇雛祭舘崎やよゐ
釣り人の言葉少なき冬の海金子 郁子冬海や病名ひとつふえにけり小林 奈子岩壁の漁船は凜と冬の海山田 凡屋根伝ひ音のみ聞こゆ雪雫大泉 和美キラリキラ朝日を照らす木々の雪五十嵐 幸初笑い激痛やわらぐ穴クッション加藤 舟松過のひとりの空に流る雲仲谷 昭子気嵐や掘り込み湾にバルク船石川
義父のやう二月のむかわの冬晴れはガラス戸へ空の広さを映す木村 福惠―よりそう―と文字をうかせて祷る地の人らの涙 三十年に栗原 暸子
全国に多数あった城郭は明治維新と太平洋戦争で破壊され、天守が現存するのは12城のみ。戦後復興のシンボルとして各地に建てられたコンクリート製の天守には史実とかけ離れたものも多い。お城好きにとっては胸が痛むような現実が並ぶ中、100年先を見据えて地震被害からの復元を目指す熊本城の取り組みに光明を感じた
「舞台である仙台をこの2年間で7、8回訪れた」と話す乗代雄介さん=東京都文京区 弟の結婚式に出席するため、新人作家の女性が仙台に向かう「二十四五」。芥川賞にもノミネートされたこの作品は、乗代雄介さんがデビュー作から書き継いできた阿佐美景子の物語だ。「自分の人生を総括するものを、ずっと書き続ける安心が
17歳、思春期の真っただ中、生き方に迷い悩み、ときには無軌道に走り、脆(もろ)さと頑(かたく)なさが交錯する年頃。苦悩を抱え近代の作家たちは文学の毒におののきながらこの季節をくぐり抜けた。 明治22(1889)年、樋口奈津は17歳、父が死に母と妹を抱え一家の戸主となり、向学心に燃えながらも学校へ
熱燗や語れば長くなることも岡澤 草司水槽の雑魚のゆらぎや日脚伸ぶ楠 良子寒明の日を慕ふかに雀寄る遠藤 孝明念入りに人日の手を洗ひけり竹内 直治着ぶくれて己が人生振り返る須藤 大硯街なかに遣形残る年の暮平尾 芙美熱燗やゴルフ談義の声の艶名取 光恵熱燗の染み渡る夜母思ふ中村千恵子熱
町会の凧揚げに糸引き子等は全力で走り風に迎り豊島 幸子雪の朝ランウエイのごと黒猫の足跡続く冬の陽だまりへ塩田 芳子手作りの巻き寿司持ちて西南西大口で一気ひとり気を吐く藤田香代子見るたびに花葉いっぱいシクラメン淡きピンクの咲きさかれり金内 花枝亡き夫に丸し手指の似たるかなバームクーヘン切り分け
NHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公、蔦屋重三郎の足跡を追う。文芸に対する規制の緩い田沼時代に名声を極めた出版人だが、裏方だっただけに史料が乏しい。そこで、彼が見いだした馬琴、歌麿、北斎らあまたの戯作者や絵師の生涯を背景に、その人となりをあぶり出す。引用が頻出し、推測が多いのは気になるところ。(
「はつきりしない人ね茄子(なす)投げるわよ」「C難度宙返りせる春のたましひ」。小説家の著者による1994~2009年の220句を収めた初句集。俳句には小説よりも私性(わたくしせい)が出ると語り、作者も意識しないところまで読み手が言葉の意味を探ってくれるという著者。その「幸福な信頼」に何度も救われて
普通なら、本書が扱っているのは専門家が難解な用語を連ねかねないテーマだ。それをここまで易しく、身近なものに仕上げるとは、著者は並みの書き手ではない。 トランプタワーや尖閣神社など35章。楽しめるので、まずは読んでいただきたい。関心ある向きは、この異色の「観光ガイドブック」を手に旅に出ることもお勧
インパクトあるタイトルにしびれます。「直木賞」といえば現実にあるあの直木賞です。それを「取らなかった」とはどういう意味でしょう。 芸能プロダクションを営む日向誠は、高校中退後、おのれの力で人生を切り開いてきた野心家です。小説を書くぞと思い立ち、街金融の実態を描いた一編を書き上げると、日文社の主催
すこぶる魅力的なテーマだ。往来のルールに対して、ぼくらは大変高い関心を持っている。別の言い方をすれば、これはSNSでバズりやすいトピックだ。例えばエスカレーターのどちら側を歩くべきか、いやそもそも歩くべきではない、などという議論はつねに話題を呼ぶ。「江戸しぐさ」と呼ばれる「マナー」で最も有名なのは
能登半島地震の被災地支援を目的としたチャリティー小説集「あえのがたり」(講談社、2200円)が刊行された。加藤シゲアキさん、今村翔吾さん、小川哲さんの人気作家3人の呼び掛けに、朝井リョウさん、今村昌宏さん、蟬谷めぐ実さん、荒木あかねさん、麻布競馬場さん、柚木麻子さん、佐藤究さんの7人が応えた。印税
ファイターズ大航海の夢続く村本幸夢螺 日ハムファンなのでしょうね。散々な成績が続いた後、去年は持ち直して頑張りました。スポーツ観戦は力が入り過ぎ疲れてしまうのであまり見ませんが、ファンは一喜一憂していました。今年こそ勢いが続くことを信じて応援してください。枯れた鉢あきらめきれず水を差す佐々木か
初春の夢のお告げは素通りで坂本 富子にあってる白いぼうしの富士山よ小林 立幸いろいろな終りが来るも日々新た宮副恵美子思うまま生きる自由を満喫し坂本美地子ストレスを川柳にして吹き飛ばす中津 遊水冬将軍暴れた日には鍋奉行村本幸夢螺過去形の空から新春(はる)の笑い湧く櫟田 礼文知らぬ間に微
おせち料理お腹いっぱい飲み食ひし明日なき人らに思い馳せつつ泉 玄冬裏庭の枝切り終えて安堵すも毒蛾のせいかリンゴの頬っぺメグ 宗満十七も年の差のあるいとこなり「博子姉ちゃん」と言われ驚く梅津ひろ子詐欺罪で逮捕されたる男の眼まっすぐ前を見つめ平然梅津 譲一
庭に佗(た)ついちいの枝の間(あわい)より朝日ちりばみ万華鏡のごと桐渓 淑子頂きし林檎サクサク朝食後「金」となりたる由縁信じて神成 靖子初春の柏手打ちて部屋内に冬陽まろやか家族をつつむ伊藤 妙子冬日和明るき窓辺の鉢ふたつハイビスカスの紅極だちて岡田 京子誕生日思いもよらないプレゼント浮き立
美しい絵や貴重な文化財が陳列される美術館・博物館。その展示の陰で何が起きているのかなと思ったことはないだろうか。本書は、国際商取引やアート関係の法律に精通する弁護士が、16件のアート関係の法廷闘争を解説。各国の法律や文化・歴史的背景、解決までのプロセスを掘り下げる。 例えば20年ほど前、米国の有
三宅香帆さんのユーチューブチャンネル。読書術などの投稿が人気 活字離れが叫ばれるが、書籍の紹介動画をきっかけに読書に興味を持つ若者もいる。なるほど、本を読む楽しさを伝えるユーチューバーや若手書評家らの熱意や創意工夫には目を見張るものがある。 「小説紹介クリエイター」のけんごさんは、本の粗筋や魅力に
「食べちゃいたいほどかわいい」という愛と呪縛のささやきは、もっぱら男から女に向けられるものらしい。一方で、女から男へ向けられる愛と怨念のささやきでもある―と以前「性食考」を書いたこともある赤坂憲雄は始める。とすると、男が主、能動で非対称というのだろうか。 食べるとはどのような行為か。飲み込む。吸
戦後80年になる現在、「占領時代」というのは忘れられたテーマだろう。日本全土が連合国軍の占領下におかれ、部隊が配置されていた。その過程で多くの公文書が作成され、日米の文書館を探ればその実態が分かる。各地で今も続けられている占領期の研究の成果が本書である。 京都の占領について最初の究明を行ったのは
父が病床で最後に欲し、うれしそうにぼりぼりとかじった昭和のビスコの味。平成の末に故郷の岡山を襲った豪雨の衝撃と、かつて聞いた明治生まれの祖父母の戦争の話が、自然とつながっていく感覚。国内外の食文化を扱ったエッセーで定評のある著者が、岡山・倉敷の風土を軸に3世代の記憶をたどる自伝的随筆集だ。読売文学
舞台は1990年代の東京・世田谷。分譲マンションで暮らす専業主婦の夏実は、蛇口から流れる水を見詰めるとめまいを覚える。幼い息子2人は健やかで、夫との関係も良好。豊かで満ち足りた生活で揺らぐ自意識を、乾いた筆致で捉える。単行本刊行は97年で、2023年に英訳され欧米で評判を呼んだ。(講談社文芸文庫
凍鶴となり湿原に生きにけり桂 せい久北斎の冬荒波の絵のごとく森 美子初旅や濃い目に引いているルージュ千 香今日の空春待つ心沸ひてきし坂田 敦子百歳の声をはずませ初電話長谷川淑子初明り大海原を染めてをり ■(吉の士が土) 度 厚彦悴める荷の手交互にポケットへ髙橋紀美子下萌えの
アメリカ合衆国は1776年に独立を果たしたが、南部には綿花や米やサトウキビなどの大農園があり、黒人奴隷を大勢使って収益を上げていた。 この小説は、そうした時代に数々の辛酸をなめる奴隷少女が主人公だ。愛する母と離ればなれになり、悪天候の中、遠い奴隷市場へ徒歩による移動を強いられ、行き着いた先の大農
都市近郊路線を除けば必ずある列車のトイレ。かつて垂れ流しだったことを覚えている人もいるだろう。個室が快適な空間になったのはごく最近のことだ。洗浄・処理の技術開発などの裏事情を含め、限られた空間に秘められた鉄道トイレ史を詳細にたどる。清掃現場の苦労には頭が下がる。心して使いたい。(交通新聞社新書・