試合を終えると、桜井の表情は一気に緩んだ。「自分が金メダリストっていうのは夢のよう。メダルをもらって現実なんだな、と思った」。ずしりとくる重みで、実感が湧いた。
立って良し、寝て良し。安定した戦いぶりが光った。決勝はニキタ(モルドバ)に6―0で勝利。「攻めにも守りにもつながる技。体に染み付いている」という腕取りで相手の動きを封じ、何もさせなかった。
2021年世界選手権で非五輪階級の55キロを初めて制し、現在の57キロ級になって22、23年と連覇を果たした女王。だが、パリへの道は決して順風満帆ではなかった。
22年末に始まった五輪代表選考レース。最初の全日本選手権でまさかの3位に終わり、つまずいた。「大学に入って初めて負けを経験して、そこから自分が本当に変わったと思う」。この敗戦がターニングポイントになった。
これまで以上にレスリングと向き合い、栄養士の管理の下、一から体づくりに励んだ。メンタルトレーナーからは、心の整え方について指導を受けた。自分の行動を言語化することで、緊張をコントロールするすべを身につけ、落ち着いた試合運びができるようになった。
幼少期から高校まで指導した父の優史さんも「インタビューの受け答えが変わった。いい状態でマットに上がれるようになった」。昨年6月の全日本選抜選手権と国内プレーオフを勝ち抜き、そして連覇した世界選手権で五輪切符獲得。きっちりと立て直した。
心身ともに生まれ変わった桜井は、初の舞台でも自信に満ちあふれていた。「苦しい時もあったけど、頑張ってきてよかった」。弱い自分と決別し、輝く勲章を手に入れた。