大人の趣味 五十嵐(いがらし) 啓子(けいこ)

大人の趣味
五十嵐(いがらし) 啓子(けいこ)

 「趣味は何ですか」と聞かれ、真っ先に答えるのは「川釣り」である。正確に言うと、フライフィッシングという釣りで、虫に模した毛針という疑似餌を使って魚を狙う。主に釣るのはニジマスという魚で、体にある虹色のレッドバンドが美しい魚である。

   きょうこそは60センチオーバーの魚を釣るぞと意気込んで川へ向かうが、実際にそんな魚には出合えない。しかし、狙った場所から水面を割って魚が出てきた時には、サイズにかかわらず楽しい。釣れた魚は口元から毛針を外し、楽しませてくれてありがとうという気持ちで川へと帰す。食べないのかと聞かれることが多いが、持ち帰って食べることはない。

   釣りに行く目的は、仕事や日常の騒がしさから離れ、コントロール不能な自然相手に無心に遊ぶことにある。何キロも川を釣り上がり、終われば同じ川をまたひたすら戻る。夏のうだるような暑さでも、手先が冷えるような雨でも、釣るという行為をただ楽しむ。仕事が忙しければ忙しいほど、日常が大変であればあるほど、釣りに行きたくなる。

   若い頃、趣味はあったほうがいいと人生の先輩たちによく言われたが、毎日が新たな発見や刺激に満ちていた私には、趣味を持つことの意味をいまひとつ理解できなかった。趣味とは、仕事や職業以外で楽しいと感じ、没頭できるものだと思うが、大人にとっての趣味は心を整えるという意味があるのかもしれない。などと考えるのは、雪虫が飛び始めたせいか、それとも仕事が忙しすぎるせいだろうか。

  (HISAE日本語学校校長・苫小牧)