中国の江南地方を回って上海に戻ってきたところだ。四半世紀ぶりに訪れた周荘(ジョウジュアン)、西塘(シータン)、烏鎮(ウージェン)などは今や大都市といっていいほどで、すっかり様変わりしていた。特にホテルはとても快適になっている。
その昔、地方に行くと、どのホテルも何がサービスなのか、よくわかっていなかったようだ。レストランやラウンジでよく冷えたビールを飲もうにも生ぬるいビールしか出てこないのがごくふつうだった。
客室にしろ館内のレストランにしろ、出された食器にはホコリがついていて当たり前。客が自らティッシュペーパーなどできれいに拭くというのが常識であった。
掃除にしてもなっておらず、バスルームにいくつもの髪の毛が落ちていて当たり前。
中級クラスのホテルでは礼儀などあったものではない。
「没有(ない)!」
何を頼んでも、そんな答えが返ってくるばかり。
四半世紀ぶりに地方を回って同じクラスのホテルを泊まり歩いたが、そんな気のきかないホテルはさすがに姿を消している。大いなる変貌、改善かと思いきや、昔と少しも変わらないものも健在だ。
観光地として名高い蘇州の三つ星クラスのホテルをチェックアウトしたところ――。
係りの者が血相を変えてタクシー乗り場まで追いかけてくる。何事かと思いきや。
「コップを一つ割ったので、規則に従って弁償してください」
私が部屋を出るやいなや、客室係がわずか1、2分の早業で備品の全てを数えたのだ。そしてすぐさまなくなっているものをフロントに報告したのだろう。
よく観察してみれば、その後どの地方ホテルに泊まっても、客がチェックアウトで部屋を出るなり、時には客がまだ部屋の中にいたとしても、係りの者が部屋に入ってくる。何かなくなっていないかをチェックしているのだ。こればかりは中国では今も昔も変わらない地方のホテルの慣習のようだ。
そして今朝、杭州のホテルをチェックアウトした日本人男性がロビーから出ようとしたところ、大声で呼び止められるのを見かけた。
「部屋に備え付けのミネラルウオーター、2本で20元のお買い上げとなりま~す」
やれやれ、中国のホテルのこのきちょうめんさ、律義さばかりは永遠不滅なようだ。
★メモ 厚真町生まれ。苫小牧工業高等専門学校、慶應義塾大学卒。小説、随筆などで活躍中。「樹海旅団」など著書多数。「ナンミン・ロード」は映画化、「トウキョウ・バグ」は大藪春彦賞の最終候補。浅野温子主演の舞台「悪戦」では原作を書き、苫高専時代の同期生で脚本家・演出家の水谷龍二とコラボした。