苫小牧市の岩倉博文市長が辞職届を提出し、市内の各界各層にも衝撃が広がった。ただ、市長が度重なる体調不良で入退院を繰り返し、既に辞職の意向が報じられていたとあり、関係者の多くは「よく頑張ってくれた」などと功績をたたえ、冷静に受け止める姿が広がった。
岩倉市長から辞職届を受け取る立場となった市議会の藤田広美議長は「驚いている。まだまだ頑張っていただきたいと考えていた」と残念がる。藤田議長も議員5期目で「市長とはずっと一緒にやってきた。市の財政健全化を前面に出して戦ってこられて、苫小牧市も大きく発展した」と市長の功績をたたえ、「できれば残りの任期を全うしてもらいたかったが、今はとにかく健康で長生きしてもらいたい」とねぎらった。
岩倉市長の後援会長を務める苫小牧市医師会の沖一郎会長は「病気がなかったら気力もあるし、続けていたと思う」と強調しながら、「旧知の関係で元気な頃を知っているだけに、忙しい職務に対して厳しいとは思った」と医師として冷静に受け止める。
昨年11月に韓国で倒れた岩倉市長の容体に「現地の医者の努力で(心肺停止状態から)蘇生したことには感謝しているが、完全に元の状態に戻るまでには至らなかった」とみてきたが、「よくあそこまで頑張った」と感謝。「重い決断をし、これまでの功績に『ご苦労さま』という言葉を掛けたい。これ以上悪くしないようにしてもらいたい」と思いやった。
苫小牧商工会議所の宮本知治会頭も「未来のまちづくりのために財政を健全化した。苫小牧中央インターチェンジや(二酸化炭素を分離、回収、貯留する技術)CCS実証なども、中央とつながりがあって力のある岩倉市長でなければ実現しなかった」と断言。
岩倉市政5期18年余りを「苫小牧にとって黄金の時代だった」と振り返った上、「任期を全うできなかったのは残念だと思うが、入退院を繰り返しながらも市民のために頑張ってくれた。人生100年時代、まずはゆっくり過ごしていただきたい」と気遣った。