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青さえる~氷濤まつり40年

(7)氷濤効果 40年の継続は力

2018/2/7配信

 ◇存続の危機

 「まつりを存続できるかどうか、という話もありました」と明かすのは地元温泉旅館社長で、現実行委総務部長の佐々木義朗(55)。氷濤まつりが続くのか、危ぶまれた時期があった。2000年前後のことだ。

 03年12月1日付の本紙によると、当時のまつり総事業費は約3000万円。会場内売店での売り上げで半分を、残りは市と観光連盟からの補助金、地域の宿泊施設や商店が支払う分担金、企業からの協賛金で賄った。だが、当時は長引く本道経済低迷の影響で商店街の店舗数が減少。企業協賛の集まりも鈍くなった。

 父である金治郎(故人)は、当時大会の実行委員長としてまつり運営の中心にいて、頭を悩ませている姿を振り返る佐々木は「資金難の苦労があったようです」。04年から来場者から任意で募るカンパの「感動支援金」を始めて財政はある程度安定した。「お金を頂き、お客さんに感動していただきたいとの思いを新たにしました」と語った。

 ◇経済的な効果

 市の資料によると、まつり入場者数の過去最多は02年の38万人。17年開幕の39回目は26万5000人と、数十万人前後が訪れるまつりに成長した。さっぽろ雪まつりと期間を重ねたため、誘客の相乗効果も生んだ。近年は台湾や香港、東南アジアからの観光客も増加。新千歳空港や札幌と近い地の利も後押しする。

 まつりの経済効果を金額として示すデータはない。だが市観光スポーツ部部長の小田賢一(58)は「通年観光で冬も商店の営業が可能になり、経済効果はあります。現在は旅行会社にもまつりが認知され、ツアーの行程にも組み込まれているようです」と話す。

 支笏湖温泉で飲食店を営む小野寺政利(66)は「まつりがあるとないとでは全然違う。今は商売が成り立つ。冬も店を開けられるようになったよ」。地元関係者は「氷濤効果」を受け止めている。

 道路の整備も進んだ。冬期間閉鎖の道道札幌支笏湖線(現国道453号)は、まつり実行委が長年開通を要望。1988年度にまつり期間のみ日中の通行となり、98年度には24時間通年通行可能となった。利便性向上で、札幌方面からの一層の誘客につながった。

 ◇交流の創出

 まつりに合わせて姉妹・友好都市関係者が千歳入りし、来場者に花を贈る行事は定番となった。今年21年目を迎えた支笏湖小と奈路小学校(高知県南国市)との交流事業でも、奈路小関係者はまつり期間に来市。子供たちが北国の冬を体験する。まつりが交流の機会を生んでいる。

 現在、本州の自治体による視察があるなど、まつりはモデルケース化した。地域振興に取り組むNPO法人支笏湖まちづくり機構Neoステージ代表の白石一人(58)は「自分たちが住みやすい地域をつくろうと、冬場の観光を目指した先人がいた。40年の継続は成功しているということ。ある意味で、まちづくりの原点です」と語る。

 地域への経済効果と訪れる人たちとの結節点として交流機会をもたらす氷濤まつり。営みは未来に続いていく。(敬称略)

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