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友好願い米国から日本へ 戦禍くぐり抜けた「青い目の人形」調査

2015/5/27配信

 日米両国の平和を願って昭和初期、米国から日本中の幼稚園や小学校に贈られた「青い目の人形」。苫小牧市に約15年間住み、現在は神奈川県在住の長谷川静さん(69)がこの人形の調査を進めている。人形は太平洋戦争の戦時下で「敵性人形」と見なされ、多くが処分された。長谷川さんは苫小牧市内の小学校3校にも贈られたことを確認したが、行方は分からないまま。戦禍をくぐり抜けた人形について、引き続き情報提供を呼び掛けている。

 日米の人形交流は1927(昭和2)年に実施。当時の米国では、人種差別などを背景とした日本人移民に対する排斥運動があり、かつて日本で牧師をしていたシドニー・ギューリックさんが日米関係の改善や平和への願いを込めて、日本の子供たちに贈る人形の寄贈を全米に呼び掛けた。

 集まった人形は1万2739体。それぞれに名前を付け、説明書のようなパスポートを添えて日本へ贈った。人形の容姿や大きさはさまざまだが、例えば室蘭市民俗資料館が所蔵する人形は高さ40センチ、重さ700グラムほど。人形は全国の幼稚園や小学校に配られ、日本からも各都道府県の名前を付けた市松人形を米国へ贈って友好を深めた。

 長谷川さんは90年ごろ、夫の仕事で米国インディアナ州にいた時、この話を知り、現地の博物館で当時の市松人形「ミス富山」を見た。99年に日本に戻り、居を構えた苫小牧で日本に残る「青い目の人形」の行方を探し始めた。

 人形は、日米関係が次第に悪化して戦争へ突入すると、軍部から敵性人形と見なされ、多くは焼かれるなどしたという。処分を免れた人形が今に残るが、道内で確認されている範囲で現存するのは25体。全国でも300体余りしかない。

 調査に当たる中で多くの情報が寄せられ、函館市内の遺愛旭岡幼稚園で2体を発見。また、他のまちでの調査の過程で、当時校長から処分を命じられたものの、教職員が目に付かない場所に隠したなど、平和と友好の証しである人形を守ろうとひそかに動いた人たちがいたことを知った。

 苫小牧と青い目の人形の関わりも調べ、苫小牧東、苫小牧西、沼ノ端の3小学校に贈られたことをつかんだ。西小の資料室が壊されると聞き、同校を訪ねた際に当時の教頭が「苫小牧東尋常高等小学校創立満十周年・記念写真帖」を探してくれ、この中に27年ごろに撮影された青い目の人形の写真があった。名前は「フランセス・キロッチ」だった。

 86年3月22日付本紙の記事を探し出し、西小に「ヘレン・ルイズ」という名前の人形が贈られたことも知った。沼ノ端小にもあったことを突き止め、かつて苫小牧に3体存在したことを確認したが「人形の消息を知る人は見つけられなかった」と言う。

 長谷川さんは2012年、米国でギューリックさんの孫に会い、「人の優しさが人形交流をスタートさせ、戦時下で人形たちを生かしてきた。今も大切なのは人の優しさ。それを広げることが平和につながる」と聞かされた。

 「苫小牧の方も興味を持って行方を調べてもらえたらうれしい。小さな人形たちが戦禍を乗り越え、私たちの目の前にいることは感動的なことで、子供たちに平和の尊さを人形を通して伝えていければ」と話す。

 長谷川さんは25日に来苫し、市内双葉町の清水歯科医院で青い目の人形をテーマに講演した。情報を持つ人は長谷川さん 電話046(872)3017。
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