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解体に惜しむ声、老朽化で新校舎建設 苫小牧緑小ジェット機型名物校舎

2019/5/29配信

 築年数が60年を超え、老朽化対策のため、耐震性能の高い校舎への建て替え工事が進められている苫小牧緑小学校。現校舎は鉄筋コンクリート造3階建ての採光を重視した設計で、上空から見ると、南に向かって翼を広げるジェット機のように見え、着工前から注目を集めた。早ければ6月中旬にも解体工事が始まる見通しで、卒業生や関係者からは惜しむ声が上がる。

 同校は1958年10月、苫小牧市緑町113番地(現三光町2)に市内5番目の小学校として開校した。世界初の内陸掘り込み港湾建設などで市内全体が活気を帯びる中、JR苫小牧駅周辺の人口が伸び、児童数も急増。過密となった若草小から分離する形で誕生した。教員は当時、校長を含め21人。19学級で、1016人が通学した。

 トイレは水洗式、教室の暖房はペチカ。床もリノタイルを採用するなど校舎内の設備は当時としては最新のものを備えた。

 戦後の復興と経済発展を背景に、緑小周辺の鉄北地区は大きく発展。開校から3年後の61年には25学級、1364人となり、教室不足から職員室を間仕切りして使う時期もあった。同年11月に6教室を増築、62年12月に3教室増築と膨張を続け、67年には36学級、1658人と市内で最大規模の小学校になった。

 開校から10年でかつての校区から65年4月に清水小、68年4月に美園小が誕生した。

 新校舎は6月21日に完成予定。引っ越し作業などを経て8月上旬の利用開始を目指す。既存校舎の解体工事は屋内運動場を含め、来年の1月末ごろまでに終わる計画。跡地はグラウンドとなる。

 67年に市内東町(現若草町)から三光町に移転し、緑小のそばで電装品サービス業を営んできた大津山商店の大津山峻社長(72)は「当時の緑小周辺は草原が広がるばかりで建物はわずかだった」と回顧。「その後の発展で街の雰囲気は大きく変わって当時の面影を残す建物は、この校舎とうちくらいだった。窓から見慣れた光景が失われるのは少し寂しい」と言う。

 かつて自身も通学し、3人の子も通ったという音羽町の妙見寺住職末澤隆信さん(55)は「飛行機型の建物は、小学生だった自分にとって空を旅しているような気分にさせてくれる自慢の校舎だった。子どもたちも楽しく通った」と懐かしむ。「コックピットに当たる部分に職員室があり、先生たちも操縦気分を味わっていたかもしれない」と目を細めた。

 日の出三光町内会長で93~95年にPTA会長を務めた山中保さん(69)は「古い校舎がなくなるのは残念だが、詩人の浅野晃が作詞した校歌など伝統は続いていく」と強調。スクールバンドやアイスホッケーなどでの卒業生の活躍を振り返りながら「新校舎で学ぶ子どもたちも各場面で躍動してくれたら」と語る。

 緑小の草刈昭斎(あきなり)教頭(52)は「61年間の歴史を持つ校舎と別れるのは寂しいが、新しい校舎との思い出を子どもたちと一緒に育てていけたら」と話している。

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