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西洋式灯台設置150年、苫小牧灯台訪ねる 高さ道内2番目「海の道しるべ」

2018/11/5配信

 1868年に西洋式灯台「観音埼(かんのんざき)灯台」(神奈川県横須賀市)の建設が始まってから1日で、150年を迎えた。高さが道内で2番目という苫小牧灯台(苫小牧市有明町1)を訪ね、灯台の役割や歴史などを取材した。

 JR苫小牧駅の南西約4キロ。国道36号に隣接した場所に、降雪時でも識別しやすいよう白地に赤線3本が入った地上高32メートルの灯台が立つ。1階出入り口の扉を開けると、内部から潮の香りが漂う。

 円筒状の灯台内で、折り返し階段を上っていく。南北に向きを変えながら、6段ずつの急階段を17回折り返し、最後のはしごを上り終えるまでに約5分間を要した。たどり着いたのは、壁も床も真っ白な塗装が施された部屋。海、山、街をぐるりと見渡せる頂上からの景観に思わず息をのんだ。

 約12平方メートルの部屋の中心には、高さ93・5センチ、幅36・5センチの照明装置があった。海上の船からは「ピカ、ピカ」と12秒間に1回、閃光(せんこう)を放つように見える長さ約16・5センチの電球(メタルハライドランプ)を装置内に見つけた。装置は360度回転しながら光を放ち続ける。

 光はレンズから太平洋上へ真っすぐに伸びていた。のこぎり状の断面に加工し、光を束ねる「フレネルレンズ」と呼ばれる特殊なレンズが活躍。集光された明かりは、約31・5キロ先の船舶にも届くという。小さな箱の光が、大小さまざまな船に場所を知らせていることに感心した。

 装置は1965年に点灯開始。街側には窓がなく、照らせない構造になっていた。管理を担う室蘭海上保安部交通課によると、苫小牧灯台は稚内市野寒布岬の稚内灯台の42・7メートルに次ぐ道内2番目の高さ。苫小牧は丘や岬がなかったため、光を遠方まで届けるために灯台そのものを高くしたのだという。

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 灯台の歴史は古く、664年に遣唐使が舟で帰国する際に針路の目標とするため、陸地で昼は煙を上げ、夜は火を燃やした―という記録が残る。江戸時代には「かがり屋」や「灯明台(とうみょうだい)」と呼ばれ、石積み台の上の小屋の中で木を燃やした。

 現代のような灯台が日本で誕生したきっかけは、1866年に英・仏・オランダ・米の艦船が兵庫県沖に到来したこと。当時の日本の関税率20%を5%に引き下げることなどを盛り込んだ江戸条約を結んだ際、交易船用に灯台設置も決まった。2年後の68年11月1日、明治政府は観音埼灯台の建設に着手。外国人技師が来日し、れんが造りなど西洋技術を取り入れた灯台建設が全国各地で進んだ。

 全国の灯台の数は、2002年の5604基がピークで今年4月には5251基まで減った。船舶の往来減少などが背景にあるが、各地で観光資源として生かす動きが広がっている。

 石川県かほく市は18年までに、同市内で廃止が決まった白尾灯台を取得する方針。新たな観光シンボルとして、取得後は夜に光をともす。愛知県美浜町や千葉県銚子市、京都府京丹後市などの自治体も灯台周辺を観光地化し、まちのPRに役立てる。

 東胆振では、白老町が虎杖浜のアヨロ鼻灯台の活用を模索。20年の民族共生象徴空間開設を見据え、灯台を生かした観光地として一帯を再整備したい考えだ。

 海保は灯台を活用した地域の観光振興を後押し。10月1日から全国150の灯台で、スマートフォンアプリを使い二次元コードを読み取る「灯台カード」のデータ配信サービスを実施中。道内にも「神威岬灯台」「納沙布岬灯台」など対象灯台が20ある。

 室蘭海保の中山茂次長は「灯台は今も昔も海の道しるべ。船の安全確保のため光り続けてきた。150周年の今年、まずは身近な灯台を見に出掛けてみては」と話した。

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