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双葉町の清水歯科医院、55年間の歴史閉じる 清水院長、奄美大島へ

2018/3/3配信

 苫小牧市双葉町2で親子2代、55年間にわたって、市民の歯の健康を支えてきた清水歯科医院が2月上旬で閉院した。2代目院長の清水忠明さん(60)は、苫小牧歯科医師会理事の役目を終えたタイミングで、長年の夢だった奄美大島での生活をスタートさせる。4月から、鹿児島県奄美市笠利町中金久(なかかねく)にある市笠利国民健康保険診療所の歯科医として勤務する。

 清水歯科医院は、父の忠廣さんが1962年冬に開業。地域密着を心掛けた診察で、清水さんは「おやじの代には周辺に歯科医がなかったこともあり、来院者が1日に約200人に上ったこともあった」と振り返る。自宅を兼ねた3階建てビルは当時としては威容で、かなもり歯科の金森敏和院長(69)=市内三光町=も「迫力があった。開院当時は玄関に来院者の靴がぎっしりという状態で、地元になくてはならない存在だった」と話す。

 清水さんは88年に苫小牧歯科医師会と北海道歯科医師会に入会後、97年度から昨年度までに苫小牧緑小、美園小、植苗中の学校歯科医を歴任。苫小牧歯科医師会では98年度から2017年度まで学校歯科、地域医療、社会保険の各担当理事を務めた。17年9月30日には北海道学校保健功労者表彰を受けている。

 清水さんの母・波眞子さん(15年に死去)は和装を好み、市民文化活動に理解のある人物で、住吉町2にある市民交流サロン「ハマ遊の友」は、波眞子さんの名にちなむ。生前、波眞子さんと交流があったハマ遊の友代表の高橋承子さん(64)=新明町=は波眞子さんから聞いた話として「開院後間もなくは待合室がいっぱいで、道路にゴザを敷いて待たせるほどだったようだ」と目を細めた。

◇   ◇

 清水さんの夢は、40年前の鶴見大(横浜市)歯学部生時代にさかのぼる。趣味のアウトドアを楽しむため、鹿児島県トカラ列島に浮かぶ宝島を目指し、中継地の奄美大島を訪れていたが台風のために断念。予定が狂い、食料などが尽きたところ、住民らから酒やごちそうなどで歓待を受け、力づけてもらった。それに感激し「将来ここで仕事ができたら」という思いを温めてきた。

 医院の2代目を受け継ぎ、着実にキャリアも重ねたが学生時代の思い出から20年ほどたった頃、母が島の伝統工芸「大島紬(つむぎ)」の作り手らと交流を持つようになると「奄美で暮らす夢がよみがえり、日に日に募るようになった」という。

 2月23日、市内のホテルで、苫小牧歯科医師会の有志による「慰労・送別・激励の会」が開かれ、会員や友人ら62人が清水さんの「第二の人生」を祝福した。

 発起人代表で木村歯科の木村享さん(57)=北光町=は「19年以上、歯科医師会の理事として一緒にやってきた。これまでの功績に感謝している」。同医師会会長の牛丸智恵さん(61)=ときわ町=は「夢の新天地での活躍を応援したい」とエールを送る。若菜歯科医院院長の若菜和美さん(70)=日新町=は「北と南に分かれて暮らすが、また会える。そのときは一緒に楽しい酒を酌み交わしたい」と笑顔を見せた。

 清水さんは「まちの皆さんや仲間に支えられてきたことを痛感し、本当に感謝している」と笑顔。「世界中の島を旅行したが、奄美が一番よかった。暮らしたいという夢がかなって、今はどきどきするほど楽しみ」と目を輝かせる。開業前ながら、すでに予約が入っているといい「とても期待されており、プレッシャーもあるが、やりがいを感じている。夢の地でも頑張りたい」と力を込める。

 笠利町は町人口約5700人に対し、開業歯科医院は2軒。夢の新天地でも忙しい日が続きそうだ。

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