第6部 (4)朝鮮・中国労務動員の記憶 室蘭市イタンキ浜に慰霊碑 (2015/12/5) 終戦から9年後の1954(昭和29)年10月、苫小牧から70キロ離れた室蘭市のイタンキ浜の土中から大量の人骨が見つかった。何層にもわたり、折り重なるように埋…
第6部 (3)朝鮮・中国労務動員の記憶 沼ノ端駅北側に長屋宿舎 (2015/12/4) 苫小牧市のJR沼ノ端駅南口で燃料店を営む工藤裕司さん(82)は、小学生だった太平洋戦争中のあの光景が今も目に焼き付いている。戦時中、駅北側に突然のように幾つ…
第6部 (2)朝鮮・中国労務動員の記憶 平取に朝鮮人労働者宿舎 (2015/12/3) 平取町幌毛志。山あいの道道平取穂別線を車で走ると、道路沿いに広く平らな土地が目に飛び込んできた。「あの場所にかつて朝鮮人労働者の宿舎があって、鉄道工事のため…
第6部 (1)朝鮮・中国労務動員の記憶 苫小牧にもあった「たこ部屋」 (2015/12/2) 戦時中、国内の労働力不足を補うため、朝鮮半島や中国から日本へ動員された人たちが各地の炭鉱、ダム、鉄道などの工事現場で働いた。非情で過酷な労働により、命を落と…
第5部 (5)戦争遺跡を歩く 勇払原野の防御陣地 (2015/9/29) 苫小牧市や厚真町、むかわ町の原野や農地などには、太平洋戦争末期の1944(昭和19)年から45年にかけて陸軍第77師団が築いた壕(ごう)が残っている。兵士が…
第5部 (4)戦争遺跡を歩く 苫小牧空襲の弾 (2015/9/28) 日本製紙北海道工場勇払事業所(苫小牧市勇払)にある施設「銀環館」には、工場の歴史を伝える資料が保管、展示されている。その中に、小さな木箱に収めた細長い鉄の塊…
第5部 (3)戦争遺跡を歩く 沼ノ端飛行場の掩体壕 (2015/9/26) 苫小牧市沼ノ端の沼ノ端南工業団地近くの雑木林。草やぶを分け入ると、コの字型に土盛りした不思議な場所が現れた。1辺は約25メートル、高さは約8メートル。自然に…
第5部 (2)戦争遺跡を歩く トーチカ (2015/9/25) 苫小牧市静川の雑木林に隠れるようにひっそりとたたずむ、コンクリート製の無骨な箱状構造物がある。太平洋戦争末期、本土防衛に向けて陸軍が設けた防御施設トーチカだ…
第5部 (1)戦争遺跡を歩く 三角兵舎 (2015/9/24) 苫小牧市植苗の多田嘉弘さん(64)の自宅裏にある三角屋根の古い建物。除雪用スコップや使わなくなった家財道具などを収納した、一見何の変哲もない物置の屋根は、実…
第4部 (5)記憶の継承 苫小牧市遺族会 70年に合わせ特別展 (2015/8/18) 「終戦から70年。どう考えたって語り継げる人は年々減ってしまうのが現実。当時がどのような時代だったか、若い世代に知ってもらいたい」。苫小牧市遺族会の会長を務…