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幻の缶詰工場を追ってー苫小牧市美術博物館企画展より

(5)缶詰工場こぼれ話

2019/1/26配信

 1881(明治14)年、開拓使長官の黒田清隆は、資金を投じ北海道を10年かけて開拓する「開拓使十年計画」の終了を前に、明治天皇に北海道への行幸を陳情した。

 この結果、同年夏に北海道の拓殖の状況を視察する行幸が実現する。

 小樽上陸後に札幌、千歳、白老を経由し、室蘭から船で森に渡り、函館に至るルートとなった。

 天皇一行は札幌から室蘭に向かう途中、植苗や苫小牧に立ち寄り、美々鹿肉缶詰工場、ウトナイ湖沿岸、柳町の一本松、矢代町の植田惣吉宅、宮前町の太田又兵衛宅の5カ所で小休止、昼食を取った。

 当時まだ稼働していた美々の工場では、敷地内の生徒舎(工場で働く人たちのための宿舎)を小休止の場所として改装し、玉座などを整備した。

 81(同14)年9月3日、工場を訪れた明治天皇が工場近くに湧き出ていた水を飲まれたという逸話が元になり、その地域周辺を「御前水」と呼ぶようになったと言われている。

 鹿肉缶詰工場は跡形もなく消えてしまったが、工場の歴史を示す痕跡は、遺物や地名として現在も残っている。

(苫小牧市美術博物館学芸員 佐藤麻莉)

―おわり―

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