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幻の缶詰工場を追ってー苫小牧市美術博物館企画展より

(4)缶詰事業の終幕

2019/1/25配信

 海外進出に向けて順調なスタートを切ったかに見えた美々鹿肉缶詰工場だが、1880(明治13)年1月に原料のエゾシカ肉の入手量が予定よりも大幅に下回った。

 エゾシカの不猟が原因で、次の猟期になっても回復の兆しが見えなかったため、開拓使は同年12月に鹿肉缶詰製造の見合わせを決定。再び美々で鹿肉缶詰が作られることはなかった。

 わずか2年で製造中止となった背景には、79(同12)年の大雪でエゾシカが冬を越せず大量死したこと、狩猟制度の改正に伴う狩猟者の増加でエゾシカが乱獲されて激減したことが影響したと考えられている。

 東京で開拓使が作った缶詰やビールを販売していた開拓使物産取扱所からの報告によれば、80(同13)年時点で美々からの輸送分4万7656缶のうち、売れたのは(贈答、試験用含む)2万1116缶で、半数が在庫になった。

 当時の国内で缶詰は高級品であり、庶民の口に入る代物ではなかった。またサケやマスの缶よりも鹿肉缶は値段が高く、売り上げが伸び悩んだようである。もし原料が十分に確保できたとしても事業を継続するのは難しかったかもしれない。

(苫小牧市美術博物館学芸員 佐藤麻莉)

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