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幻の缶詰工場を追ってー苫小牧市美術博物館企画展より

(3)鹿肉缶詰の海外進出

2019/1/24配信

 開拓使は美々など道内各工場で製造した缶詰を海外に輸出することを考えていた。このため、ラベルは海外でも通用するデザインを目指し、鹿肉缶詰の場合は、2頭の鹿と開拓使のトレードマークである五稜星に加え、日本語と英語を併記した。

 開拓使に画工として雇われた牧野数江がデザインを手掛けたとされており、完成品は大蔵省紙幣局(後の国立印刷局)で印刷された。

 また、明治政府が欧米の近代技術の習得や貿易の拡大を目的として、海外で開催される万国博覧会(万博)への参加を決めたことを背景に、開拓使は缶詰を外国の博覧会に出品し積極的に商品を宣伝した。1878(明治11)年のパリ万博では、牛、羊、鹿肉、サケ、マスの諸缶詰が「表章」を獲得。さらに翌79(同12)年のシドニー万博では、マス、鹿の缶詰が特賛賞を受賞し、賞状と銅牌(メダル)を受け取った。

 シドニー万博での実績は、81(同14)年の明治天皇の北海道行幸に随行した川田甕江(おうこう)が84(同17)年に著した「随鑾(ずいらん)紀程」にも記され、外国の博覧会での缶詰の受賞が第三者から見て目を引くものであったことがうかがえる。

(苫小牧市美術博物館学芸員 佐藤麻莉)

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