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災害派遣の記録 陸自第7師団-胆振東部地震から1年

(3)道路啓開 寸断された交通網を応急処置 被災者の思いを優先「経験次に生かす」

2019/9/9配信

第7施設大隊(東千歳)・高橋哲也1尉(40)

 胆振東部地震で交通網が寸断された中、緊急車両や災害派遣車両が現場に駆け付けるため、不可欠な支援活動が道路を切り開く啓開だった。車両を通行させるため、土砂などを取り除き、補修し、救援ルートを確保する作業。主に活躍したのは陸上自衛隊で戦闘部隊の支援、陣地の構築、障害の処理などを担う施設科職種の隊員ら。陸自最大の施設団・第3施設団(団本部・南恵庭)を中心に、第7師団(司令部・東千歳)からも第7施設大隊が出動した。

 第7施設大隊の4個中隊は昨年9月6日から4日間、厚真町の人命救助を交互で支援し、同18日までに道路総延長約6キロを油圧ショベル、ブルドーザーで啓開した。高橋哲也1尉が中隊長を務める第4中隊も、隊員39人が吉野地区で人命救助に携わり、厚真町の市街地と吉野地区を結ぶ道道、宇隆地区の町道を啓開した。

 山が崩れて住宅が押し流された吉野地区では、足元の土砂がかなりぬかるみ、作業も難航した。ドーザー、ショベルがはまって動けなくならないよう、まず自分たちの経路の確保から始めた。「手間や時間はかかっても、はまって二重、三重の手間にしてはいけない」と慎重に前進した。

 重機は民間業者の仕様と同じだが、中には民間が優れている機材もあった。陸自がショベルの先端に装着するアタッチメントは「グラップル」で、木材をつかむことしかできないため、切断にはチェーンソーの人力処理が必要だった。一方、民間の林業仕様「ハーベスター」は、木材をつかむとそのまま自動で切断するため効率がよかった。

 「われわれが一番危険なところに行く」との前提で「民間に機材を入れてもらい、いい協働ができた」と感謝する。啓開はあくまでも基盤の確保で、生活道路を完全に復旧するインフラ整備ではないため「『道路です』と胸は張れないが、簡易的に使えればいい」。次々と応急措置を施し、可能であれば民間と交代し、場所を転々と変えながら、道路を開通させた。

 宇隆地区の町道啓開は、地図上は道路が蛇行していたが、直線に切り開いていった。崩れた土砂をドーザーで踏み固め、散乱する木材を並べて基礎代わりに。収穫期を迎えた田んぼ近くでは、住民から「田んぼにこれ以上、土砂を入れないで」と要望を受け、田んぼに流れた土砂を道路の整備に転用した。被災者の思いを優先しつつ「現地現物しかない中、一石二鳥ではないが、うまく対応できた」。

 宮城県出身で2008年の岩手・宮城内陸地震、11年の東日本大震災では、自ら被災し、災害派遣を経験した。豊富な経験やノウハウを生かしたが、「まだまだやれたことがあったと思う」と冷静に振り返る。「(災害は)本当はなければいいことだが、経験を次に生かすことが大事」。地震後は土のうなど資材のため置きも増やした。装備品の性能なども再確認した。有事への備えに終わりはない。

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