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開港50年 苫小牧港半世紀の歩み

第1部・海の玄関 (3)産業集積

2013/1/7配信

 木工団地、化学工場、飼料基地、石油タンク群…。砂浜と勇払原野を約7キロ掘り込んで造られた苫小牧港・西港の臨海部を車で走ると、多種多様な産業が展開しているのを感じる。

 苫小牧市の2010年工業統計調査によると、市内の製造業212事業所(従業員4人以上)の製造品出荷額は9523億円。臨海部の57事業所だけで7144億円と全体の75%を占める。西港に工場が集中していることを実感させる数字だ。

 50年前の西港開港をきっかけに、臨海部に企業進出が相次いだ。船で原料を調達し、岸壁に近い工場で製品に仕上げ、再び船で輸送する―。効率的な物流を約束する西港に、事業拡大を狙う企業が熱い視線を注いだ。

 1969年、日本軽金属苫小牧工場(現苫小牧製造所)が操業を開始。73年には出光興産北海道製油所が石油精製を始めた。道内最大の製造業に成長したトヨタ自動車北海道は92年から操業している。

 原料のチップを輸入するため、製紙会社は西港を積極的に利用した。王子製紙は69年、南埠頭(ふとう)の後背地にチップヤードを整備し、翌年からチップ船の接岸が始まった。山陽国策パルプ(現日本製紙)と総事業費の30%を共同出資し、勇払埠頭1号岸壁の整備にも協力。同埠頭にも77年からチップ船が接岸するようになった。

 さらに王子は99年、RORO船(フェリー型貨物船)が接岸する王子製紙晴海埠頭ヤード(4万4千平方メートル)を整備した。苫小牧工場が生産した新聞用の巻き取り紙を東京港に輸送し、帰り荷に原料の古紙を積む。王子物流苫小牧事業所の宮野伸司所長(60)は「シャシーで船内に積み込むから荷役が短時間で済み、品質も維持できる」と海陸一貫輸送の利点を強調する。

 船とトレーラーを組み合わせた輸送が発達する一方、時代の流れで役割を終えたものもある。臨海部の企業が生産した製品を道内各地に供給するため、第三セクターの苫小牧港開発が68年から営業運転を始めた臨海鉄道だ。工場や飼料基地、油槽所と国鉄(現JR)室蘭線をレールで結び、主に石油製品を室蘭線まで中継する業務を担った。

 臨海鉄道の機関士だった同社ターミナル事業部管理課の福原利夫課長(58)は「最盛期には午前3時までピストン輸送していた」と振り返る。だが道路の発達に伴い、石油製品の陸上輸送は鉄道よりコストが低いタンクローリーに切り替わり、運賃値上げで競争力も低下。76年の168万トンをピークに輸送量は減り続け、98年に営業運転を終了した。

 「寂しかったですね。列車は何も言わないから」と福原課長。ディーゼル機関車で貨車を引き、企業の経済活動と道民の生活を支えた往事を思い出を振り返り、声を詰まらせた。

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