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開港50年 苫小牧港半世紀の歩み

第1部・海の玄関 (1)西港

2013/1/4配信

 師走の苫小牧港・西港西埠頭(ふとう)。目の前をトヨタ自動車のハイブリッド車「アクア」が何台も通り過ぎる。だが、ここは道路ではない。「RORO船」と呼ばれるフェリー型貨物船の船内。荷役作業の真っ最中だ。

 運ぶのは自動車だけではない。シャシーを連結したトレーラーも船内に進入し、新聞用の巻き取り紙を積み込む。港湾運送・荷役を担う苫小牧栗林運輸の石川真人さん(27)は「いろんな貨物が集まるから、やりがいがありますよ」と胸を張った。

 西港は1963年4月25日、石狩・空知炭田から採掘した石炭を大消費地の本州に向けて積み出す拠点として開港した。産炭地から海までの距離が短く、室蘭港と比べて貨物鉄道の運賃が安い優位性をフル活用するための築港だった。

 西港東側の石炭埠頭(現在の入船埠頭)に、第三セクターの苫小牧港開発が約8万平方メートルの貯炭場を建設。石炭船が接岸し、高度成長期の日本を支えた〝黒いダイヤ〟をピストン輸送した。開港から7カ月後には、石炭以外の貨物を取り扱う雑貨埠頭(現在の西埠頭)も完成した。

 開港前の建設工事を知る岩倉建設の宮﨑英樹社長(72)は「掘削機械を何台も購入し、陸地を掘る作業を繰り返した」と振り返る。76年に最奥部の勇払埠頭までの堀り込みが完了。「へ」の字をひっくり返したような外観が姿を現した。同社が60年から74年に掘削した分だけで約1千万立方メートルの土砂が発生し、ウトナイ地区など市内東部の埋め立てに使われた。

 西港は原料調達と製品出荷に有利な工業港としても注目を集め、広い土地を確保できる臨海部には日本軽金属や出光興産など企業の進出が相次いだ。西港と本州各地を結ぶフェリーやRORO船の定期航路も続々と開設され、75年には室蘭港を抜いて年間貨物量で初めて全道1位となった。

 開港から半世紀を経て、荷役も進歩した。陸上に設置したクレーンで巻き取り紙などを船内に積んでいたが、トレーラーが船内に進入してシャシーを切り離す方法に変更。作業効率が大幅に向上し、雨が降った日でも荷主から預かった貨物の荷役ができるようになった。

 現在、西埠頭にはRORO船が週15便接岸する。道内から集荷した農産物や紙製品、本州から来た自動車や雑貨品などを積み下ろす作業が行われ、フェリーターミナルを除き西港で最も忙しい場所となった。

 石炭埠頭は93年に石炭の積み出しが終了。その後コンテナターミナルに生まれ変わり、2008年8月にターミナルが東港に移転した後はRORO船が利用する入船埠頭となった。

 苫小牧栗林運輸の幹部は強調する。「西港がなければ、道内経済そのものが止まってしまう」

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 苫小牧港は4月、開港50周年を迎える。「世界初」と形容される人工の掘り込み式港湾は北日本最大の物流基地だ。第1部「海の玄関」では、過去と現在を横断しながら苫小牧港の歴史と果たした役割を振り返る。

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