企画・特集
緊急レポート ヨーカドー撤退
(上)経済、雇用…不安広がる
(2009年 6/18)
「まちが崩壊する」―。苫小牧にイトーヨーカドーショックが再来した。イトーヨーカ堂の幹部が18日に苫小牧入りし、苫小牧店を1月に閉店する方針であることを伝えた。ビッグスリーの一つとして市民が慣れ親しんだ店の撤退表明は、地元に大きな衝撃を与えた。丸井今井、ダイエーが撤退した2005年の「街」崩壊の悪夢が、繰り返されようとしている。
◆売り上げ低迷
「ヨーカドーが危ない」。うわさは05年から、浮かんでは消えを、繰り返した。従業員たちは、確証はなくても、次々と閉店していくテナントを尻目に撤退の日が近づくのを体感していた。週末も食品売り場とは一線を画すように店内の客はまばら。正面入り口横のレストランが昨年9月の撤退後、「あんな目立つ場所なのに、放置しているかのようだった」と指摘する。
イトーヨーカドーも、打開策を模索していた。05年4月に始めた高齢者対象の買い物代行サービスの展開、営業時間の前倒し―。ただ、離れた消費者は戻らなかった。
苫小牧店は1992年に97億円の売り上げを記録したが、今では道内13店舗でも下位の赤字店へ転落。18日に訪れた同社幹部は、「努力したが回復しなかった」と苦渋の表情で語った。
◆中心部への影響
イトーヨーカドーの撤退は、ゾーンとしての中心部の求心力の低下、中心部の危機を意味する。イオンが進出した05年以降、商圏は東部へ大きく偏った。各店体力を消耗している中での事態に、街の今後を懸念する声は大きく切実だ。
相乗効果で共に利益を生み出してきた長崎屋苫小牧店のテナントは「イオンが無ければ『ライバルが消えた』と言えたかもしれない。今は欠けると厳しい」「選択肢が狭まる分、客足は減る」。駅南の駅前プラザegao(エガオ)、各路面店も厳しい状況が同じであるだけに、「大きな痛手」と言葉少なに語る。
撤退は、大型店淘汰(とうた)の時代で消費者離れを避けられなかった同社の営業戦略の結果であり、消費者一人ひとりの何気ない消費行動が生み出した結果でもある。ただ、大企業が残す経済、雇用不安、まちへの打撃は、あまりに大きく、中心部の空洞化を招いた行政のまちづくり政策の在り方が強く問われている。


