企画・特集

地域資源に懸ける―北の夢白書―

(8)平取 沙流川景観生かし地域づくり

(2009年 6/3)

真新しいチセを指さす尾崎さん

 日高地方で1番の長さを誇る沙流川。延長104キロ。日高山脈を源に蛇行しつつ、太平洋へ悠々と流れる大河だ。流域は、狩猟採取の先住民族としてアイヌが暮らした時代の生活空間。平取町の川筋は特に、伝説の地や史跡が数多い。

 「あれがペウレプオッカ(クマの姿岩)。アイヌ民族が大切にしてきたものです」。町二風谷の木彫り師高野繁廣さん(58)は、川沿いの小山のてっぺんにある、ヒグマによく似た岩を誇らしげに指さした。

 アイヌに生活文化を教えた神オキクルミが、怒って岩に変えてしまった親子グマ。古くから伝わる物語の舞台だ。もう少し上流に行くと、オキクルミが岩山を矢で射抜いたというオプシヌプリ(穴開き山)もある。

 親から子へ連綿と受け継がれた口承文芸。川筋にその題材となった奇岩や山、信仰の地が連なる。歴史と文化がはぐくんだ特異な風景は、2007年7月、国の文化財保護法に基づく重要文化的景観に選定された。

 先住民族の精神文化を今に伝える流域は、開発に翻弄(ほんろう)された地でもある。二風谷ダムの建設でチプサンケ(舟下ろし儀式)の場は水没した。上流域で平取ダムも計画されている。

 強大な開発の手から免れた神の造形、伝統の地を後世に残したい―。約40年前に東京から二風谷へ移住し、「アイヌの聖地」の危機を見続けた高野さんの心の叫びだ。

 住民の願いに応えるように平取町は、郷土の宝を守り、次代に引き継ごうと動き始めた。国が流域景観を文化財にしたことが引き金になった。近江八幡の水郷(滋賀県)、一関本寺の農村景観(岩手県)に続き、全国3番目の選定地になった沙流川流域。同町教育委員会文化財課の長田佳宏さんは「ここにしかない一級の光景をまちのために生かしたい」と力を込める。

 平取の資源ともいえるアイヌ文化と、それにまつわる景観。その振興を柱に昨年、同町のまちづくり事業が始動した。

 二風谷アイヌ文化博物館の敷地に、展示施設の真新しいチセ(アイヌ伝統家屋)がある。町の景観整備事業として昨年秋に着工、今年2月に完成したばかりだ。

 作業を担ったのは、若手の民芸品店主や主婦など地元の人たち。伝統工法で忠実に復元した。二風谷といえど、チセ造りの技術は長く途絶えたまま。一貫して建設に携わった経験は、多くの人にとって初めてだ。民芸品店を営む貝沢守さん(44)は「貴重な体験でした」と話す。

 現場で指揮したのは地元造園業の尾崎剛さん(55)。二風谷を拠点にアイヌ振興に尽くした故萱野茂さんと、各地で展示用のチセ造りにかかわった。持てる知識と技を伝え、見事に仕上がったかやぶきの家に目を細めながら、「アイヌの聖地の人々自らが建てた意味は大きい」と言った。

 尾崎さんは、夢を描いている。住民が造ったチセを博物館の敷地に連ね、観光地としてかつての二風谷のにぎわいを取り戻すことだ。

 「チセが囲む広場も生かし、地元住民が本物のアイヌ文化を見せ、観光客に体験してもらう。重要文化的景観に選ばれたことを、郷土への誇りと文化伝承の機運を高める追い風にしたい」

 今年秋にも博物館でチセ造りがまた始まる。この地に住む人たちの手で。夢は、一歩ずつ近づいている。