企画・特集

地域資源に懸ける―北の夢白書―

(7)白老 認知度高まるブランド牛

(2009年 6/2)

サミットを追い風に、全国ブランド確立を目指す白老牛

 世界各国の首脳が一堂に会し、地球温暖化や貧困問題などを話し合った北海道・洞爺湖サミット。世界の行く末を左右する会議の参加者を、地元・北海道は最高級の地場産食材でもてなした。中でも、メーン料理として輝きを放ったのが、北海道初の黒毛和種肉牛「白老牛」。深いこくと口中に広がる甘みが、舌の肥えた首脳たちをうらなせた。

 白老牛の歴史が始まったのは1954年。当時、まちの産業は疲弊のどん底にあった。基幹の馬産、漁業が不振を極め、農地は冷害凶作の連続で荒れ果てた。持続性の高いの新たな地域資源を模索していたこの年、島根県から44頭の黒毛和牛が初めて津軽海峡を越え、白老へやってきた。前年、和牛の販路拡大を図ろうと来道した島根県議員団が、島根と同じ冬場の積雪が少ない気候に目を付けたのだ。

 「年中放牧ができ、粗食にも耐える。少ない労力と餌代で肥育ができる」―。町はこのうたい文句を多くの漁民や酪農家たちに広め、和牛農家へと転身させた。

 「最初は誰もうまくいくなんて思っちゃいない。(和牛は)体も小さく、牛自体が肉用ではなく、農業用という考え方しかなかった」。当時、島根県から指導員として派遣された堀尾博義さん(72)はそう振り返る。

 だが導入から20年が過ぎると、肉質を競う全道規模の共進会で上位独占が続き、高度経済成長による消費ブームで市場価格も大幅に上昇。町内の飼育頭数も2000頭を超え、白老は名実ともに北海道を代表する和牛生産地にのし上がった。

 「肉質なら松阪、神戸に引けを取らない」。関係者はそう胸を張りながらも、消費者の認知度はいまひとつ高まらなかった。

 平成を迎え、白老牛はブランド化への道を本格的に歩み出す。89年には地元農協青年部主催の「第1回白老牛肉まつり」が開催された。最高級の和牛を格安で味わえることで道内外で認知度が高まり、今では4万人を集客する町内最大のイベントにまで発展。和牛農家直営の焼き肉レストランも町内に相次いで開業し、大手旅行会社のツアーにも組み込まれた。

 2007年からは、農家と連携した町内のホテルやレストランなどが、ご当地グルメの研究会を設立。白老牛や地元の海産物を使った各店オリジナルのバーガーとベーグルの販売を始め、08年度は15店舗で年間で5万個を売り上げた。研究会は「主力の購買層は子供や若者たち。高価で敬遠されがちな和牛を身近に感じてもらうきっかけになっている」と手応えを話す。サミット以降、白老牛には道内外の高級ホテルやレストランからの注文が急増。今年に入ってからは念願の商標登録も果たした。

 かつてない追い風にも、白老和牛生産改良組合の吉田隆一組合長(64)は気を引き締める。「担い手農家の減少、白老の風土に合った種牛の保存など課題はたくさんある。善かれあしかれ白老では農家がそれぞれ好きな方法で和牛生産をやってきた。だがナンバーワンを目指すには、もっともっと大きな力が必要。今こそ農家同士や、行政、農協が手を取り合う時期だ」と強調する。

 55年前、荒れ果てた広野で人々が和牛に懸けた夢。その熱い思いは、今も消えない。