企画・特集

継承の風景―北の夢白書―

(9)装蹄の技つなぐ

(2009年 10/28)

黙々と仕事に打ち込む武田さん(右)と、弟子の倉持さん

 競走馬のひづめを保護する蹄鉄(ていてつ)。それを装着させる職人が装蹄師だ。蹄鉄の良しあしは、馬の走りや調子を左右するほど重要とされる。ジョッキーや調教師に比べてなじみ薄いが、競馬の世界に欠くことのできない職業だ。

 武田英二さん(47)=新冠町=は20歳で装蹄師の道に入った。町内にある実家は牧場。装蹄師も身近な存在だった。仕事の様子を見ているうちに、自然とその世界を目指していた。

 東京の駒場学園高校装蹄畜産科を卒業後、道営競馬で装蹄師として活躍。24歳で独立し、郷里に作業場を構えた。

 当時は日高管内に装蹄師が12~13人いて、軽種馬業界全体が右肩上がりの時代だった。武田さんは経験を積み、いつしか弟子を受け入れる立場に。北海道日高装蹄師会の副会長も任されるようになった。

 装蹄師には、鉄の加工技術をはじめ、解剖学や生理学など馬に関する豊富な知識が求められる。「自分は一人前と思ってしまうと、そこで止まる気がする。だから、一人前と意識しないようにしている」と、武田さんは謙虚にそう話す。

 茨城県出身の倉持達矢さん(22)は装蹄師の認定を得て今年1月、武田さんに弟子入りした。武田さんと共に牧場にも足を運び、日本一の馬産地・日高地方で技術の向上に励む日々だ。

 黙々と仕事に打ち込む師弟。1200度以上の熱で真っ赤になったU字型の蹄鉄を台に載せ、馬の足に合わせながら金づちで微調整する。古い蹄鉄を馬の足から外し、新しい蹄鉄をはめた後、やすりを掛ける。そうした作業を2人で分担し、1頭30分ほどかけてこなしていく。

 倉持さんは、装蹄師になることに迷いはなかったという。「親の応援が心強かった」と話す。一方、軽種馬業界を取り巻く環境は厳しい。不況が業界全体に暗い影を落とし、競馬ブームも下火に。これに伴い、装蹄師を目指す若手の確保も難しくなりつつある。

 毎年16人の定員で生徒を募る、国内唯一の装蹄師養成施設・日本装蹄師会装蹄教育センター=栃木県宇都宮市=。今年、初めて定員割れの事態に追い込まれた。

 「このまま手をこまねいていたら、装蹄の技術の伝承も途切れてしまう」。武田さんは危機感を募らせる。北海道日高装蹄師会も、若手の確保や育成に向けて模索を続けている。

 作業場で倉持さんが汗を流しながら、懸命に仕事と向き合っている。「若手ののやる気を引き出し、どう育てていくか。装蹄師の未来にために、これからが勝負です」

 武田さんはそう言い、あすを担う弟子の姿に期待のまなざしを送った。