企画・特集
ドームよ永遠に 樽前山溶岩円頂丘100年
(1)ドーム誕生
(2009年 4/13)
支笏湖から間近に見える樽前山と溶岩ドーム。右は風不死岳=4月9日 |
なだらかな山容の樽前山(1,041メートル)は、ふるさとの山として、多くの人の目と心に焼き付けられている。中央に荒々しくそびえる直径約450メートル、標高約130メートル溶岩円頂丘(ドーム)が形成されたのは1909年。100年前の4月19日、ふもと確認されて満100年。樽前山とドームの歴史をたどる。
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樽前山の噴火活動は約9000年前に始まったとされる。誕生以来、何度もの噴火を繰り返した活火山・樽前。その象徴が、優美な山体の上にある、黒々としたドームだ。
樽前山は、5万年ほど前から活発な噴火を繰り返し、火口跡(カルデラ)に紺ぺきの水をたたえる支笏湖をつくった「支笏火山」のカルデラ壁の上に誕生した。カルデラ壁の高さは約500メートル。その上の約500メートルが樽前山独自の標高。(「北海道の火山」築地書館)
樽前山は初期の噴火の後、6000年ほど活動を休止。約3000年前に爆発的な噴火を繰り返し、今度は2500年ほどの休止期に入ったと推定されている。次に噴火を再開したのは1667年(寛文7年)8月。多量の火山灰を胆振や石狩南部、日高に降らせた。
寛文の噴火の噴出物は大地や河川を覆って漁業や狩猟に大きな影響を与え、噴火から2年後の「寛文9年シャクシャインの乱」の原因にもなったとされる。
「古期溶岩ドーム」として記録されている初代のドームは、1867年(慶応3年)の噴火で形成された。「古老の口述によると、地震に続き大音響があって樽前山から火柱が立ち上がった」。(「北海道の活火山」北海道新聞社)
現在のものに比べ、やや小型だったドームは1874年(明治7年)の噴火で破壊された。わずか7年の短命だった。
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道内の火山では、粘性の強い溶岩の塊が持ち上げられてドームを形成する噴火は珍しいものではない。樽前山の隣の風不死岳(1,103メートル)も頂上付近を覆っているのはいくつかの溶岩ドーム。有珠山(733メートル)も、頂上付近や山すその昭和新山も含め、地表に姿を現していないものを合わせると、約10個のドームで山体や風景が形づくられている。(「北海道の火山」)
ただ、国内外の火山学者や登山者、観光客の視線を集め、苫小牧や千歳、白老から朝夕に遠望される樽前山のドームの注目度は別格。晴れていれば新千歳空港を発着する飛行機の乗客からも注目される、北海道の個性的な目印でもある。


