特集

被災地の光と影-東日本大震災から4年

(3)宮城県石巻市

(2015年 3/5)
修繕できず板の隙間から寒気が流れ込む氏家さん宅

修繕できず板の隙間から寒気が流れ込む氏家さん宅

外観からは分からない在宅被災者の家が建ち並ぶ

外観からは分からない在宅被災者の家が建ち並ぶ

 避難所にも仮設住宅にも入れず、行政からの支援も途絶えている「在宅被災者」の現状を探るため4日、宮城県石巻市を訪ねた。

 パルプ工場近くの住宅地に34年前に2階建ての家を建てた氏家義夫さん(70)が、笑顔で自宅に招き入れてくれた。通された居間は、簡素ながらも修繕が済んでいたため、津波が流れ込んだ形跡は見られなかったが、その隣の部屋は木造の柱と壁があるのみ。出窓にはベニヤ板1枚が打ち付けられていた。

 震災当日、1階で激しい揺れに襲われたものの、まさか自宅に津波が押し寄せるとは思わず、避難せずにそのまま自宅にいた。1時間後、海側に面したベランダから突然、自宅内に津波が流れ込んだ。

 1階の天井まで一気に津波が押し寄せ、氏家さんは家財道具と共に津波の中へ。泳ぎが得意だったため、天井と水面の隙間に顔を出して息を吸い込み、再び水の中へ潜り込んで、出窓を素手でたたき割って、水と共に何とか屋外に出られ、津波に流されながらも裏手の隣家の屋根に引っ掛かって、かろうじて命は助かったという。

 氏家さん夫婦は、かろうじて浸水を逃れた2階で避難生活を始める。自宅に突き刺さったトラックや自動車、天井に刺さった冷蔵庫などを撤去し、自宅内に流れ込んだ泥を取り除く作業が毎日続いた。「工場からパルプが流れてきたので、泥出しよりも壁などにへばり付いたパルプの除去が大変だった」と話す。1階は暮らせる状況になかったため、2年間、カセットこんろと米、灯油ストーブを持ち込み、2階の6畳間で夫婦2人で暮らした。

 長く住んだ自宅から離れたくない氏家さんは、自宅の再建に取り掛かるも、行政からの住宅再建の費用は応急修理制度の52万円と加算支援金100万円のみ。年金暮らしの氏家さんにとって、業者から800万~1000万円掛かると言われた費用は捻出できず、修繕できたのは1階の台所と居間だけだ。と言っても、修繕できない部屋との仕切りとなるふすまは中古品、壁は板を張った状態。隣の部屋からは冷たい隙間風が居間に吹き込んでくる。

 「1カ月前に復興住宅に申し込んだけど、3年待ちって言われてさ。私たちだって被災しているのに、たった152万円で生活再建しろって言われてもね」

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 山間で津波被害は受けなかったものの、地震によって天井は●【92a8】がれ落ち、床も抜け落ちた73歳の女性は「市役所の調査が来ても、あまりにも恥ずかしくて自宅を見せることができなかった」と打ち明けた。2年ほど、自宅の損壊状況を話すことができず、隣の家に身を寄せていたが、支援団体のサポートもあって居間と台所を修繕し、現在は布団1枚のスペースで生活を送っている。

 女性は「月3万円弱の年金から毎月1万5000円ほど医療費が掛かり、姉から送られてくる米なんかでかろうじて生活している」と言う。家庭の事情で生活保護も受けられず、持病は悪化するばかり。「お金を掛けて家を直すほど長く生きられるわけじゃないしね」。寂しそうに女性は話した。

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 こうした在宅被災者たちの多くは収入が乏しい高齢者世帯。仮設住宅に入る被災者は、家賃や光熱費の負担もなく、家財道具一式が支給される一方、氏家さんのような被災者は、どんなに損壊していても、自宅で生活すると行政からの支援策は受けられない仕組みとなっている。4年たっても隙間風が吹く自宅での生活を余儀なくされる在宅被災者に、掛ける言葉が見つからなかった。

(完戸 雅美)



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