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社会人の日立製作所入り 駒大苫高野球部・阿部陽登

(2017年 2/14)

関東の名門・日立製作所で飛躍を誓う阿部

 駒大苫小牧高校野球部の阿部陽登(はると)=3年=(帯広大空中出身)がこのほど、創部100年を超える社会人野球の名門・日立製作所野球部(茨城県日立市)に入部することが決まった。同校として夏の甲子園初制覇を成し遂げた2004年度以来、実に12年ぶりの高卒実業団入り。球速150キロ近くの直球を武器にするプロ注目の本格派右腕は、「チームの柱となる投手になって、次(プロ)のステージを目指していきたい」と頼もしい未来図を描く。

 昨年5月初旬の青森遠征時のピッチングが、日立製作所の和久井勇人監督の目に留まった。阿部は「レベルの高い場所でもっと野球がしたい」との思いを強くさせた。昨秋には日立の練習を見学。「一人一人が意識的にトレーニングをしていた。とてもレベルが高かった」と社会人選手たちの野球に対するひたむきな姿勢に感銘を受けてきた。

 横浜市生まれの阿部。小学校入学前に帯広市へと移り住み、2学年上の兄の影響で小学1年生から野球を始めた。持って生まれた肩甲骨の柔らかさや、バランスの取れたフォームから「ピッチャー投げ」と周囲からよく言われていたという。ただ、小中学時代は先輩に投手が多かったため、外野手を担うことがほとんどだった。

 ピッチャーに抜てきされたのは中学2年の秋から。「とにかくストライクゾーンにボールを入れることに必死だった」と振り返る。それでも、最上級生になる頃には130キロを超える球速を誇り、軟式野球の15歳以下アジア選手権の北海道選抜にも選出された。

 「手元で伸びる、ものすごいボールを投げていた」と当時を語る駒大苫高の佐々木孝介監督。高校での活躍はもちろん、社会人、プロと「将来、上を目指して頑張ってほしい」との思いも込めて声を掛けたと言う。

 高校入学当初は、身長176センチ(現在180センチ)で体重は60キロほどと細身。加えて、初めて手にした硬球にも慣れず苦戦した。それでも体重を20キロ増やすなど体力強化に力を入れてから、めきめきと頭角を現すようになると、他の高校球児の投球フォームを研究するなどしながら、投手力を3年間地道に磨いてきた。

 そして高校最後の登板となった昨夏の南北海道大会1回戦では、3回途中からマウンドに上がり、最速148キロをマークする直球を主体に同大会準優勝の札幌日大を見事無失点に封じた。「ベストピッチングだった」と佐々木監督もうならせる力投を披露するまでに成長した。

 「本当に真面目で研究熱心。これからいろんな壁にぶち当たることがあると思うけど、伸びしろはまだまだある。後輩たちのためにも上のレベルで活躍して、いい報告を聞かせてほしい」と指揮官はエールを送る。

 プロ野球経験者や全国の強豪大学で腕を磨いてきた選手たちの中に飛び込むことになるが、阿部に気負いはない。「自分のやるべきことをやるだけ。最年少として元気を出して、チームを活気づけたい」。心にはすでに、闘志がたぎっている。



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